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札幌地方裁判所 昭和45年(ワ)976号 判決 1972年8月18日

原告

島田忠敬

被告

浜和

浜司

右両名訴訟代理人

斉藤忠雄

横幕正次郎

馬場正昭

被告

右代表者

前尾繁三郎

右指定代理人

宮村素之

外二名

主文

一、被告国は原告に対し金五〇〇〇円ならびにこれに対する昭和四五年七月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告国に対するその余の請求ならびに被告浜和、同浜司に対する請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は、全部原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金一三六万円及びこれに対する被告浜和、同浜司は昭和四五年七月二六日から、被告国は同月二八日から、いずれも支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  札幌地方裁判所執行官久保昭一の職務代行者である渋谷又五郎(以下、渋谷代行という。)は、昭和四三年一一月一日被告浜和他七名から原告に対する札幌簡易裁判所昭和四一年(ハ)第一〇〇〇号家屋明渡請求事件の仮執行宣言付判決の執行力ある正本にもとづき原告の占有する別紙目録<略>(一)記載の建物(編注、木造二階建居宅一階六四、二階四六各平方米余)のうち赤斜線の部分(以下、本件居室および物置という。)(編注、一階二六平方米余)の明渡の強制執行に着手した。

2  違法行為

原告は、同日右仮執行宣言付判決につき札幌地方裁判所に控訴を申し立てると同時に本件強制執行の停止を求める申立(同庁昭和四三年(モ)第二五一一号)をなし、右申立を認容する旨の決定がなされたので、

(一) 同日午後四時過ぎころ同地裁職員の指示に基づき同庁執行官室に赴き右強制執行停止決定がなされた旨を連絡して本件強制執行の停止を求めたのにもかかわらず、右執行官室からは渋谷代行に対してその旨の連絡がなされなかつた。

(二)(1) 同日午後五時ころ前記強制執行の現場において右執行停止決定正本を渋谷代行に提出して本件強制執行の停止と、すでに戸外に搬出された原告所有の家財の引渡を求めた。

(2) その際、本件居室には原告所有の数点の家財が残存し、また物置内には別紙目録(二)記載の物件のうち白米(箱入)、瓶、石油缶、植木鉢若干をのぞくその余の物件が残存し、強制執行は終了していなかつた。

(三) しかるに渋谷代行は、

(1) 居室及び物置に対する強制執行をそのまま続行し、

(2) しかも右強制執行にあたつては、裁判所の許可を得ないで多数の第三者にその職務を援助させ、

(3) さらに、すでに戸外に搬出された原告所有の家財については、原告がその場で引渡を求めたにかかわらず、これを拒否し、ほしいままに訴外中央倉庫株式会社に保管手続をし、

(4) 物置にあつた物件のうち白米(箱入)、瓶、石油缶、植木鉢若干をのぞいた別紙目録(二)記載の物件を執行調書(保管調書)にも記載しないでその場に放置した。

(四) 被告浜和、同浜司は、右のように原告から渋谷代行に対し執行停止決定正本が提出されたにかかわらず、訴外弁護士横幕正次郎を右強制執行の現場に呼び寄せるなどして渋谷代行に本件の強制執行を続行させ、かつ、渋谷代行の前記違法執行に加勢した。そして同被告らはその翌日物置内の残存物件を排除して原告の物置に対する占有を侵害し、右物件を屋外に雨さらしにするなどした。

3、責任原因

原告は被告らの以上の違法行為により次に述べる損害をこうむつたものであるから被告国は国家賠償法一条、四条、被告浜和、同浜司は民法七〇九条、七一九条によりいずれも連帯して賠償すべき義務がある。

4  損害

被告らの右違法行為により、原告は金一三六万円の損害をこうむつた。

(一) 金四三万円 本件の違法執行により住宅を失つた結果、原告が札幌簡易裁判所昭和四一年(ハ)第一〇〇〇号家屋明渡請求事件判決の確定日である昭和四五年六月末日までに支払つた代替住宅賃料。

(二) 金五〇万円 原告は被告らの違法執行により金融業を一月間休業し、一〇万円以上の平均月収が五ないし六万円のそれに減少したことによる損害。

(三) 金四万五〇〇〇円 住居移転費用。

(四) 金二万五〇〇〇〇円 違法執行による家財の破損。

(五) 金六万円 違法執行による庭木類の損傷。

(六) 金三〇万円 違法執行により原告がこうむつた精神的苦痛の慰藉料。

5  結び

よつて、原告は被告らに対してそれぞれ金一三六万円とこれに対する本件訴状が被告らに送達された翌日(被告浜和、同浜司については昭和四五年七月二六日、被告国については同月二八日)からいずれもその支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認容<略>

第三  証拠<略>

理由

一、(本件明渡執行行為)

請求原因事実1項は当事者間に争いがない。

二、(本件執行の経過)

<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

(一)  渋谷代行は、右同日午前一一時三〇分ころ本件現場に到着し、その場において原告に対し前記の札幌簡易裁判所昭和四一年(ハ)第一〇〇〇号家屋明渡請求事件の仮執行宣言付判決正本を送達すると同時に本件居室及び物置の任意明渡を催告したが、原告がこれを拒否してその場から立ち去つたため、遠田執行官職務代行者の援助をうけ、近隣の訴外林文子、同国頭千代を立会わせ、かつ人夫数名を使役して本件居室の明渡執行を開始した。

(二)  渋谷代行は、同日午後四時三〇分本件居室と物置内の原告所有の家財物件の排除を完了したものと判断して本件明渡執行の終了を宣言した。その後、午後五時一五分ころに至り原告は帰宅して本件居室にいた渋谷代行に対して前記仮執行宣言付判決に対する控訴に基づく強制執行停止決定(当庁昭和四三年(モ)第二五一一号)正本を提出(原告が強制執行停止決定正本を渋谷代行に提出したことは当事者間に争いがない。)し、明渡執行を停止して強制執行開始前の原状に回復する指置を採ることを要求するとともに本件居室には数点の家財が残存しており、物置の明渡執行はおこなわれておらずに原状のままであるとして物置を再度点検するように強く申し入れた。しかしながら、渋谷代行は物置の状況を自ら確認するか、又は確実な報告を受けることもなく漫然と物置にはザツバなど無価値な物件を残すのみと判断し、前記時刻に執行は終了し物置を点検する必要もないとして原告の要求を拒絶したが、原告が納得しないで口論状態がしばし続き、この間に渋谷代行は原告に対し、すでに屋外に搬出した原告所有の物件の引取り方を求めたが、原告はこれを拒否した。

他方、被告浜和は訴外弁護士横幕正次郎にこの旨を連絡するとともに現場に来ることを要請し、自らは執行について特別な指図、要求はしなかつた。

(三)  そして、同日午後六時ころ、すでに搬出されて戸外に置かれてあつた右物件は貨物自動車二台に積載され札幌中央倉庫株会式会社に運送されて保管された(札幌中央倉庫株式会社に保管されたことは当事者間に争いがない。)。

(四)  原告の帰宅時における本件居室と物置の状態は左のとおりであつた。

(1)  本件居室には、天井の螢光灯と遠田執行官職務代行者等によつて原告の家財を梱包したダンボール箱三個を残すのみであつた。

(2)  本件執行開始前物置には、古洗濯機、スコップ、はしごなど別紙物件目録(二)記載の物件があつたが、石油缶二缶、吸上ポンプ、カレンダー一包及び米びつ、かめ二、三個、植木鉢が数個がすでに搬出されたのみで、その他の物件は物置内にそのまま残されていた(古ベニヤ板数枚、古材等が残存していたことは、当事者間に争いがない。)。

(3)  その後渋谷代行が現場を去つてから、同人の言動からして右物置内から原告の物件を排除しうるものと考えた被告浜和の手によつて古洗濯機、角テーブル、螢光灯は隣家の物置に保管され、鉢類、はしごなどは本件建物南側に集積して残置れさた。

(五)  原告は同月七日札幌中央倉庫株式会社の保管場所において渋谷代行から物件引渡調書添付の物件目録記載の物件を受け取り、被告浜和の保管物件も後日受け取つた。

三、(当裁判所の判断)

1、原告は右同日午後四時ころ、本件強制執行を停止する決定がなされた旨を札幌地方裁判所執行官室に連絡して本件強制執行の停止を求めたことを主張するが、裁判所の発した強制執行停止決定により該強制執行の停止を求めるためには、その決定の正本をその強制執行を担当する執行機関(本件では訴外久保執行官あるいは渋谷代行)に対し現実に提出することを要することは民事訴訟法五五〇条の文理に照らして明らかであるのみならず、原告が裁判所から右決定正本の交付を受けたのは、いずれもその成立に争いがない甲第二号証、丙第五号証及び原告本人尋問の結果によれば同日午後四時五五分ないし午後五時〇分であり、原告が右執行官室に赴いたとき右執行官室には一名の執行官も在室していなかつたことが認められるのであるから、原告の右主張はその余の判断をまつまでもなく失当である。

2  原告は渋谷代行が本件強制執行につき遠田執行官職務代行者及び第三者の援助を受けたことが違法である旨主張するが、まず渋谷代行が本件執行にあたり遠田代行以外の数名の人夫を使役した点についてはそれは執行官手続規則一四条により、その必要がある限り当然に許容されることであり、前記認定にかかる本件執行の態様にかんがみれば、当然その必要性は充分に肯定されうるのであるからその主張自体失当であり、また、遠田代行が渋谷代行の求めにより本件執行の援助をしたことは前記(編注、二の(一))認定のとおりであり、この遠田代行の援助についてはその事前はもとより事後においても執行官法一九条に基づく裁判所の許可をえたと認めるに足る証拠がない。しかしながら執行官法一九条の趣旨は独任制の執行機関るたる執行官がその職務を執行するに当り他の執行官の援助を求める現実の必要がある場合においてもこれを裁判所の許可にかからしめ、かかる複数執行官の執行関与によつて生ずることのあるべき当事者の負担すべき費用の増加を可及的に回避することに主たる目的があると解するのが相当であり、したがつて裁判所の許可なくして執行の援助を求め、又は執行の援助をした渋谷、遠田両代行が職務上の規律違反者として司法行政上の処分を受け、また執行を援助した遠田代行が執行の手数料及び執行に要する費用につきその支払又は償還を受けえないことになりうることがあることは格別、裁判所の許可がなかつたことによつて当該強制執行が直ちに違法となるものと解すべきではない。そして、原告が、遠田代行のかかる援助による費用の増加部分をその損害として請求しているものでないことはその主張自体に徴して明らかであるから、この主張もまた理由がない。

3  原告は本件執行の現場において、すでに戸外に搬出された家財の引渡を求めたが渋谷代行がこれを拒否した旨主張するが、渋谷代行が原告に対し右家財の引取り方を求めたにかかわらず、むしろ原告において拒否したものであることは前記二の(二)において認定したとおりであつて、この主張もまた失当である。

4  執行の一部終了

建物明渡の強制執行は、執行官が建物に対する債務者の占有を解除し、債権者に現実にその占有を取得させることによつて終了するものであり、本件強制執行の対象建物のように独立した複数室がある場合においては、その各室の明渡しが終了したと認められる状態に達する都度その室に関する明渡執行は終了したものと解するのが相当である。

しかるとき、本件物置とは別個独立にある本件居室に対する原告の現実的支配は排除され、被告浜和が現実の占有を取得したことが認められる。すなわち、居室内物件を梱包したただけで総て残置されているような場合はともかくとして、二、(四)、(1)で認定したように最後の数点(天井の螢光灯と梱包済みダンボール箱三個。)を残すのみである本件では、右のように評価することが相当であり、したがつて、この居室部分に関する明渡執行は終了したのである。しかも、二、(二)で認定したように原告は渋谷代行から屋外に搬出されていた物件の引取り方を要請されながら、これを拒絶したのであるから、渋谷代行が右の搬出済みの物件と前記ダンボール箱三個を搬出してから一緒に前記保管場所倉庫に運送したことは違法であるということはできない。

5  物置の執行終了の有無と物件の保管

(一)  渋谷代行が原告から停止決定正本の提出された午後五時一五分ころ、本件物置には二、2、(四)、(2)で認定したような物件が残置し、したがつて本件物置の明渡執行は終了していなかつたのであるし、しかも右停止決定正本の提出によつてその以後の現行手続を続行することは法律上許されなくなつたのであり、また前記のとおり本件居室に対する執行はすでに終了し、原告自身において本件物置及びその内部に収納された所有家財を監視することは困難な状態となつたのであつて、執行官において、そのまま執行の現場から退去すれば被告らにおいて本件物置に対する明渡執行も終了したものと誤認し、その結果原告の権利が害されるにいたるであろうことも当然に予見しうることなのであるから、強制執行を担当する渋谷代行としては、直ちに、本件物置の内部にも立ち入り物置内の物件の排除が完了したか否かを点検し、残存物件があればその種類、数量等をも確認し、その旨を執行債権者である被告浜らにも明示し、いやしくも、被告浜らにおいて本件物置に対する明渡執行が終了したものと誤認し、同人らの手によつてその内部に収納された原告の家財を屋外に搬出し同人らにおいて本件物置に対する占有を回復するがごとき事態の発生を未然に防止しなければならない職務上当然の注意義務があるにかかわらずこれを怠り、前記認定のとおり原告から執行停止決定正本が提出された当時、すでに本件物置に対する執行も終了したものと速断し、本件物置については何らの措置もほどこさなかつたことはもちろん、点検もしないで執行の現場から退去するにいたつたため、前記のとおり本件物置に対する執行も終了したものと誤認した被告浜和の自力救済を誘発せしめたものであつて、この点において渋谷代行に過失があつたものと断ぜざるをえないのである。

(二)  被告浜和は、午後五時一五分ころ本件物置の様子を知つていたことは推認できるが、弁論の全趣旨によれば、同被告としては前記認定の渋谷代行の行動から本件物置に対する明渡執行も終了し、右物置内の物件は同被告において適宜に排除しうると考え、その結果後に自ら物置内の物件を除去し原告の占有を自力排除するにいたつたことが認められるので、ほかに特別の事情の認められない本件にあつては同被告に過失があるとはいえないし、また被告浜司が本件執行現場にあつて本件の執行行為に関与したと認めるに足りる証拠はない。

6  損害

(一)  請求の原因4項(一)ないし(三)の損害については、それがもつぱら本件居室に対する明渡執行によつて生じたものであることは原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によつて明らかであり、本件居室明渡執行が適法になされたものであることは前判示のとおりであるから、この主張はその余の判断をするまでもなく失当とするほかない。また同(四)、(五)の損害については、原告本人は、ほぼその主張にそう供述をするのであるが、その裏付を欠きそのまま採用できないし、他にこれを確認しうる証拠がないのであつて、右損害が前判示の渋谷代行の過失との因果関係を問うまでもなく、この主張もまた失当たるをまぬかれない。

(二)  渋谷代行の過失により原告が適法な強制執行によらずして本件物置に対する占有を喪失し、また物置内の残存物件の一部は短期間とはいえ屋外に集積放置されるにいたつたことは前記認定のとおりであり、その結果原告が精神的苦痛をこうむつたであろうことは推認にかたくないところであり、これと本件にあらわれた諸般の事情を斟酌するとこの原告の精神的苦痛に対する慰謝料は金五〇〇〇円と認めるのが相当である。

四、結論

以上のとおりであつて、原告の被告国に対する本訴請求は原告が被告国に対し金五〇〇〇円とこれに対する本件訴状が被告国に送達された翌日であることが記録上明らかな昭和四五年七月二八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから正当として認容し、原告の被告に対するその余の請求及び被告浜和、同浜司に対する請求は、いずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(原島克己 前川鉄郎 稲田龍樹)

物件目録<略>

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